東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2512号 判決
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【判旨】
一被控訴人が本件土地部分を含む同所地番八三八番八宅地一筆285.91平方メートル(以下本件宅地という)を所有し、右宅地上に控訴人が本件建物を所有して本件土地部分86.42平方メートルを占有していることは当事者間に争いがない。
二控訴人は本件土地部分の占有につき賃借権を主張するので、以下考察する。
1 <証拠>を総合すると、次のとおり認めることができる。
訴外三辻実は、昭和三四年ころ当時化学薬品製造業、ビニール製雑貨の輸出販売業のほか金融業をそれぞれ会社組織にして相当の年商を挙げていた控訴人を知り、控訴人個人又はその金融部門の真野実業株式会社から資金の融通を受けるようになつて、いらい二〇万円から三〇万円程度の金額の貸借取引を数回続けていたが、昭和三七年三月ころにいたつて、このように控訴人から金融を得てもその元本の返済に窮するようになつてきたから、本件建物をいい値段で買い取つてほしい旨、及び単純な売買ではなく、三か月位で買戻しができるものにしてほしい旨の申出をしてきた。これに対し、控訴人は、本件建物が古材で建てたバラックの域を出ない三戸建一棟の店舗兼居宅であるのに比し、国電中央線小金井駅から徒歩三〇分ほどのところに位置する敷地約三〇坪の借地権価額で評価するならば、売買代金一〇〇万円を相当とする不動産物件であること、それに買戻期間三月の金利を見込んで買戻時の売買代金を一一〇万円位に定めることが期待されていたことなどを勘案して右の売買取引申出に応じ、代金一〇〇万円で右物件を買い受けたが、ただ登記面では昭和三七年三月二七日付売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をするにとどめた。そのご同訴外人は買戻期間三月を経過してもますます金融操作が逼迫し、本件宅地とその上に残つた後述の母屋の抵当流れを阻止するために苦慮するさなかにあつたので、本件建物については、同年八月九日に同月七日付売買を原因とする所有権移転登記を控訴人のために経由して同年三月控訴人との間におこなわれた不動産取引を決着させるのやむなきにいたつた。かように認めることができ、右認定に反する証拠はさらにない。
2 <証拠>によると、右当時本件建物が訴外三辻なかの所有名義であり、また本件宅地が訴外三辻鶴吉の所有名義であつたことが認められるところ、訴外三辻実が本件建物の前記売買取引をするにあたつて、本件建物及び本件宅地につき処分権限を有していたかどうかをみるに、当審及び原審証人三辻実の証言によると、訴外三辻実は、もと国分寺市で飼料販売業のほか建売りなどの不動産取引をも手がけていたが、その経営に躓いて倒産したことから、その所有不動産を全部処分して小金井市に越し、負債を整理した残金で本件宅地を買い入れてまず店舗兼居宅一棟約46.5坪すなわち母屋を建て、ついで貸家風の三戸建一棟の店舗兼居宅すなわち本件建物を建てて、前者をみずからの住居とその経営にかかる飲食店とに使用し、後者を三戸とも賃貸に供していたが、当時は倒産により銀行取引を停止されていたので、将来の融資の便宜や税金対策上の考慮から他人の所有名義にするのを得策であるとして、本件宅地を父の三辻鶴吉の所有名義に、本件建物及び母屋を母の三辻なかの所有名義にしておきながら、これら不動産の実質上の所有権者として、はやくも昭和三四年一二月に本件宅地を抵当に入れて小金井農協から五〇万円を借り、ついで昭和三七年三月及び同年八月に本件建物について控訴人との間に前記売買取引をおこない、また昭和三八年三月から六月にかけて三度にわたつて本件宅地及び母屋を担保に供して金融操作をかさねて同年六月二〇日現在において債権額三〇〇万円、弁済期同年九月、利息年一割、遅延利息日歩八銭二厘にて抵当権が設定されるにいたつたが、そのつど父鶴吉及び母なかの所有名義を使うことについても同人らからすべてを一任されていたことが認められ、右認定をうごかすに足りる証拠はみあたらないから、特段の事情のないかぎり、訴外三辻実は本件建物及び本件宅地等の実質上の所有権者として正当な処分権限を行使していたものとみるべきである。
3 原審における証人三辻実の証言及び控訴人の本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせると、訴外三辻実は国分寺市で不動産取引を手がけていた際、担保流れの土地家屋の売買を取り扱つた経験があつたので、昭和三七年三月に控訴人との間で本件建物につき前記売買取引をおこなうにあたつて、その買戻期間を徒過することにより右売買契約が当然に本件建物の所有を目的とし、本件建物の敷地を目的物とする借地権付建物の売買として確定的に落着される結末にいたるべきことを十分に認識していて、いよいよ同年八月九日に同月七日付売買を原因とする所有権移転登記を経由する形で、本件建物の控訴人に対する所有権帰属を受けとめるにあたつては、予期しなかつた事態でないとはいえ、半ば自棄的になつて右のような結末を諦観するしかなかつたことが認められる。そのうえ、<証拠>によると、本件建物三戸の借主のうち訴外大貫一男及び三辻元春の両名から昭和三七年八月、九月及び一〇月分の賃料合計四万八〇〇〇円が従前どおり訴外三辻なかに支払われていたにもかかわらず、同年八月以降本件建物の貸主となつた控訴人に右賃料が償還されないままでいたところ、控訴人が昭和三八年三月二〇日ころ訴外三辻実に対し、右四万八〇〇〇円を同年四月一〇日までに控訴人に償還すべき旨、及び右償還が期日までに履行されないときは、右四万八〇〇〇円が昭和三七年八月以降昭和四五年七月までの九六月分の本件建物の敷地の賃料相当額としてその支払いに充当されることを認容すべき旨を通知し、これに対し、同訴外人がなんら異議をとどめることなく経過して結局右償還に代えて控訴人の申出どおりに本件建物の敷地についての賃料の支払いが決済されることもやむをえないとしたことを認めることができる。
右1から3までの認定事実によれば、訴外三辻実と控訴人の間に昭和三七年三月本件建物につきいわゆる買戻特約付売買がおこなわれて控訴人が本件建物の所有権を取得するにいたつたが、右売買契約は、本件建物及び本件建物の所有を目的とする借地権を目的物とするもの、いわゆる借地権付建物の売買として成立したものと解するのを相当とする。したがつて、控訴人は右売買契約により本件建物の敷地すなわち本件宅地285.91平方メートルの一部(その範囲はあとでふれる。)について本件建物の所有を目的とする賃借権(以下「本件賃借権」という。)を取得したといわなければならない。
(中川幹郎 新田圭一 真榮田哲)